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   Column

この欄は、僕が折にふれて感じた事や身の周りに起った事を綴ったコラムです。
ご意見は、掲示板へどうぞ。



連載小説「新 靴下」第一回 '05/7/4
「フロントページの新しいアルバムはまだ出ないのか?」とはあまり聞かれないのだが、
「コラムの続きはいつ出るんだ?」はそれこそ毎日のように聞かれる。
コラムが好評なのは結構だが、しかしこれはこれで考えものである。

ところがこの好評であるはずのコラムを苦々しく思っている者も私の知る限り一人いる。
私の母である。
東京に生まれ鎌倉に育った彼女は、もうかれこれ半世紀近く大阪に住んでいるというのに、いまだ正しい大阪弁が話せない。そしていわゆる「お笑い」が苦手である。
このコラムに関しても「昔の貧乏自慢をして何が面白い?」という訳だ。
彼女は戦争によって閉ざされた青春を取り戻すべく、4人の子育てに追われながら勉学の道を求め続け、子育てを終えた後も大学の通信課程に通いいくつもの学部を卒業し数々の免許資格を取るのを趣味としていた。
私がまだ実家にいた頃、明日から2週間東京に出かけると言うので、何をしに行くのかと尋ねると、教育実習だと言う。
彼女は当時還暦、すなわち定年を越えていたというのに。
そして彼女は多くのそういった傾向を持つ人々同様、「自分はズレている」という自覚を持ち合わせていない。
時にそのような人の発する確信と教唆に満ちた一言が我々を悶絶せしめることがある。
私の周りでは既に有名になってしまった、彼女のささやかなエピソードを紹介しよう。

つづく


連載小説「新 靴下」第二回 '05/7/4
それは私が東京に出てきて間もない頃だった。
仕事もなく、当たり前ながら生活もひどく貧しいものだった。
実家から持ってきた貯えも底をついてきたので、いよいよアルバイトを始めるべきか考えていた。
といってももはや考える余地など無いはずなのに。
いや、貧乏自慢はこれくらいにしておこう。
とにかく当時は生活を切り詰めるための知恵を貯えており、
とりわけ食生活においては言わば「経済的ベジタリアン」であった。
  納豆、卵、ニンニク、トマト、そば。
これらは現在なお、私の食生活に欠かせない5大食材である。
とは言うものの当時はまだ二十代であり、たまには肉が食べたくなるものだ。

「肉は食いたし金は無し」などと心の中で呟きながらいつものように納豆卵御飯をかき込んでいる時、電話のベルが鳴った。相手は母親である。
どういった用件だったかは憶えていないが最後に
「あなたちゃんと御飯は食べているの?」
やはり彼女も人の親である。
「うん、何とかね。 まあ納豆ぐらいしか食べれないけど。」
それ見たことかと言わんばかりの溜め息の後
「納豆だけ?もう、あなた、駄目じゃないの」
私は内心しまったと思った。これではまるでお金を無心しているようなものではないか。結局「お金送るから、これでお肉でも食べなさい」ということになり、30を目前にして自立することの出来ないミュージシャンくずれと言うことになってしまうのだ。
しかしそれと同時に「これで何日か食いつなげる」という期待もなかった訳ではない。
ああ、やはりイザというとき頼りになるのは親。
お母さん有難う、今回だけは甘えさせてもらうよ。
と、そこまで思いを巡らせたところで母親が続けた。確信と教唆に満ちた口調で。

「駄目よ。ちゃんとネギ入れなきゃ。」

つづく


連載小説「新 靴下」第三回 '05/7/4
この4月から個人情報保護法なるものが施行され、いや、そうでなくとも一般に女性の年令は公にされるべきではない。
と言うのは表向きの理由であり、実は私は彼女の正確な年令を知らない。
誕生日も知らない。もちろん聞けばわかる。
と言うより、いままで何度か聞いたはずなのだが憶えていない。
どうも人の誕生日を憶えるのが苦手である。
従って彼女の誕生日にプレゼントをした事がない。
その点「母の日」は便利である。もちろん母の日が正確にいつなのかなど知らない。
5月だったような6月だったような、まあそんなものであるが、
実際その頃になると電車に乗っても街を歩いてもそれと知らせてくれるので大体わかる。
今度の母の日にはカーディガンでも贈ってやるか、そんな気になるのである。
いや、これは今、それほど重要ではない。

年令はともかく彼女はいわゆる「戦中派」である。
モノの無い時代に育った人の常として、口癖は「もったいない」である。
しかしながらこの「もったいない」という感覚はたとえモノの溢れる時代に育った私にとってもとても身近なものと言える。
タクシーチケットをもらって乗ったにもかかわらず、上がっていくメーターが気になって仕方がなく、家の路地に入る前に「あ、ここで結構です」と言ってみたり、
池田篤にもらった白いハイネックを「白はすぐ汚してしまうから」と言ってまだ一度も着てなかったり。
しかし彼らにとっては使うのがもったいないのではなく、捨てるのがもったいないのである。
今でこそ両面に印刷されている新聞の折り込みチラシも、昔は白紙の裏をメモ用紙にするため取っておいたものだ。
しかし、たとえ一生かかったってそれら使い切る事など到底出来ないだろう。
知り合いの母君に至ってはそれを取って置くために一部屋つぶれたというのだから一体どっちがもったいないのかわわかったものではない。
いや、これも、今それほど重要ではない。

彼らに見られるもう一つの傾向が「質より量」だ。
「本当に良いものを少しだけ」という考えはごく最近のものではないだろうか。
彼女の世代にとって、まず原則として「大きい〜事はいい事だ〜」であり、こと飲食に於いては今なお「デッカイ何々」といううたい文句がよく見られる。


つづく


連載小説「新 靴下」第四回 '05/7/4
そして「中身より見た目」だ。
私は今まで何度となく私の楽器についていくぶん不躾な質問を浴びせられたものである。
いわく「いくらするのか」から始まり「何年使っているのか」
挙げ句の果てには「こんなボロボロな楽器でよくあんな良い音出しますね」とまで言われる。
往年の名司会者、志摩由紀夫さんに「このサックスは明治天皇が『うん、これは古い』と言った楽器であります」と紹介されたこともある。
口では皆、「随分と年季入ってますな」と言うが、つまり彼らにとっては「光っていて初めてサックス」と言う訳だ。
しかしながら、観察深いオーディエンスなら御存知の通りいわゆる新品の楽器を吹いているジャズサックス奏者、とりわけテナー奏者は殆どいない。
その理由をここで述べるにはいろいろと差し障りがあるので詳しくは置いておくが、
要するにロクな物がないからだ。
結果としてプレーヤーは皆いわゆるヴィンテージと言われる古い楽器を捜す。
値段は当然新品より高い。にもかかわらず上に述べたような不当とも言える扱いを受ける。
ならばその時代の物でありながら見た目の程度が良好なものはないのか。
ない訳ではないのだが、、しかしこれはバカバカしいほど高い。
そのバカバカしいほどの楽器を私は持っている。
いや、持っていたと言うべきか、
つまり今となっては見た目上の扱いは上に書かれた通りである。
要するに手入れが悪いのだ。
もっとも、山田穣に言わせると私は「食生活を変えた方が良い」らしい。手にかく汗が酸性だからだそんな風になると言うのだ。
あの私を形成する5大食材はサックスのラッカーにはよくないのかも知れない。
いや、これも、今それほど重要ではない。

とにかくその時私は仕事で大阪に来ており、母の日のプレゼントを渡すために僅かな時間をさいて実家に帰って来たのだ。
母はどれほど嬉しかっただろう。
贈られたサマーカーディガンを手にして目に涙を溜めていた。
私はここぞとばかり楽器のケースを開け、誇らしげに買ったばかりのテナーを取り出した。
楽器は申し分ない程に光っている。
私はただ心配をかけつづけてきた母親を安心させたかったのだ。
「お母さん、御覧の通り僕は素晴らしい楽器を手に入れたのですよ。これは以前あなたが買ってくれた楽器の何倍もするものなのです。」
彼女は私の楽器をじっと見つめこう言った。確信と教唆に満ちた口調で。

「そう言われてみれば前のより少し大きいかしら」

おわり





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